今年のアルバムから。
2085.jpgアシナガミゾドロムシStenelmis vulgaris。西日本にて。

河川中流から下流の川底にへばりついて生きている。クモのような長い脚、忍者が城壁を登るのに使う鉄カギのようなツメを持つ。ツメは強く、指にしがみつかれると外しがたい。この仲間としては非常に変わった面白い姿の種だが、これと同じ所にいる近縁種はもっとすごい形をしている。こんな珍妙な水生動物が、住宅地の広がる平地の川底に這いずり回っているというのだから、日本もまだまだ捨てたものではない。

水生生物つながりで、最近出版された東海大学出版部の「湿地帯中毒: 身近な魚の自然史研究」(中島淳著)を読破した。水生生物の好きな人が、数々の困難と試練を乗り越えてサカナや水生昆虫に秘められた謎を解き明かしていく、というのが大筋の流れである。個人的に著者を知っていて、同じフィールドワーカーとして尊敬しているのだが、その色眼鏡を抜きにしても素晴らしい内容だった。
調査中、フィールドならではの様々な妨害因子に見舞われたりする所や、数々の根拠を一つずつ積み重ねて「これだ」という真理に到達する所など、思わず頷いてしまう箇所がいくつもあった。研究対象は違えど、著者の根底にあるものが自分のそれと似通っているので、共感できるし話の内容にすんなりと馴染むことができた。あくまでも、健康食品CMでいう「個人の感想」なので、そうでない人が読んだ時に果たして同じ感覚を共有できるかは分からないが・・。

一つ「おお?」となった所があった。最近、とある精霊を探しに九州の某川を自転車で2時間かけて遡った。川沿いに走りながら、よさそうなポイントを物色していたとき、たまたますごく良さそうな箇所があったためそこで降りて、精霊を探した。残念ながらそこには精霊はいなかったが、とてもいい雰囲気の環境で、時期を変えてここに来たら絶対いろいろな生物が見られるだろうと思い、その日は帰った。
その後、件の本を読み始めたのだが、読み進めるなかで著者が学生時代に魚を観察すべく通っていた川の写真が出てきた。その場所が、まさに先日俺が行ってたまたま「いいな」と思った場所そのものだったのには、心底ぶったまげた。非常に特徴的な景色なので、他と間違いようもない。自分の尊敬する著者と全く同じ「フィールド探しの感覚」を持っていたこと、著者が初めてそこへたどり着いて受けた感動の、おそらくほんの一部分なりとも自分も共有できたことが、何より嬉しかったのである。

2068.jpg樹幹に、無造作に引っかかったまま死んでいるアミメアリPristomyrmex punctatus。福岡にて。

寿命ではない。実は、とある精霊がそう遠くない過去にここへ現界し、空間震を起こした痕跡である。その精霊は、その筋の専門家でさえ発見に苦慮するものらしいが、ある特定状況下にあるこの痕跡を目印にすれば、あっけなく発見できることに気づいてしまった。この事象に関する秘密の詳細を知る人間は、現時点で地球上に俺以外存在しない。
現在、それを公表すべく裏でひっそり動いている。これにより、次回の環境省レッド「その他の無脊椎」編の、これまで何度更新されようとも全く内容の変わらなかったあの部分を、全面的かつ強制的に書き直させることになる。

研究成果を出してから論文が発表されるまでの「俺以外にそれを知るものが世に一人もいない無双状態」は、研究に携わる全ての者に平等に与えられる吟醸の美酒。

羊どもの神風

今年のアルバムから。
2065.jpgかの有名な、不吉な生物。ブラックとノーマルの2種いるとされ、恐らく後者のほう。

2064.jpg
30年以上生きてて、ようやく初めて生きた現物を拝めた。本気で実在しない可能性を考慮するレベルで、この30年間日本中のどこでも見たことがなかった。図鑑やネットに出てくる写真や「見つけた」は、全て虚報と酔っ払いの空想とフォトショップの作り出した幻想として看破してきたつもりだったが、この日をもってその実在を認めざるをえなくなった。

ブラックの方は相変わらずどこでも見ないので、実在しない説を今後も貫く所存。方々で多くの虫マニアが「最近増えてきた、北上してきた」などと言っているが、信じない。「いざなぎ景気越え」よろしく、俺は未だにその恩恵に預かった覚えがない。

福岡にて。

2067.jpgスジアオゴミムシを見た林道路上のすぐそばで、突然バタバタ音がした。見たら、キクガシラコウモリが地べたをのたくっていた。翼や体には、ジョロウグモの網がべったり巻きついていた。飛んでる最中にかかったらしい。
コウモリ程の動物の動きを封じるのだから、如何にクモの網が強靱な造りをしているかがわかる。

これが、人の張った鳥除けネットに絡んでいたとか、車にぶつかったとか、人為のからんだ厄災で苦しんでるのであれば、あらゆる手を講じて救助したが、このケースは違う。自然のものが、自然にこうなったに過ぎないので、人間が助ける義理はない。クモバエかコウモリバエが付いてないかだけ確認し、そのまま放置して帰った。

生きる個体なら、この後自力でどうにかして切り抜け、また飛んでいく。そうでないなら、ここで淘汰されるべきそこまでの個体だっただけのこと。それに、もしかしたらこの数日えさにあり付けず餓死しかけた肉食獣が、あれを見つけて食うことでからくも命を繋げるかもしれない可能性を考えたら、人間の感覚で安易に瀕死の野生動物を生かしてしまう事など出来ない。

幼い頃、理由を問わず瀕死の野生動物を見たら、とにかく可哀想と思って助けまくっていた時期があった。でも、ガンバの冒険のカラス岳の話を見て以後、人間ごときの哀れみの感情で野生動物を助ける行為が、常に野生動物の幸せに繋がるわけではないことを理解し、そういう行為は意識して控えている。

今年のアルバムから。
2066.jpgスジアオゴミムシHaplochlaenius costiger。千葉にて。

ジメジメした所に多いアオゴミ類にあって、比較的水場から離れた環境に見られる。この個体のように、夜間水田や池からだいぶ離れた林道の側溝に落ちている場合が多い。

世間ではド普通種とされており、ゴミムシマニアも跨いで通る、アオゴミ界の残念賞というレッテルを貼られている。しかし、俺は個人的にこの虫をこれまでの人生でさほど見慣れてない。狙っていくつも見られる感じの種ではないし、何よりサイズがアオゴミとしては破格のでかさ。そして美しい。
これを見ると、他の虫マニア相手にはスジアオ程度しか見つからんかったよーしょっぱいなーなどと言ってるが、内心かなり嬉しい。この時も、本当はもっとすげーアオゴミの珍種を求めていたのだが、こいつが出た時点で今日の目的を達した気になり、早々に帰り支度を始めたくらい。

いつか、とある南の島の山にいるとされる、コレに酷似した精霊に会わないとならない。

今年のアルバムから。
1726.jpgコキベリアオゴミムシChlaenius circumdatus。千葉にて。

池のほとりの湿地にうじゃうじゃいる。ずいぶんせな毛が濃いと思っていたが、よく見たら全部ラブルベニアだった。この池には同所的に、これと外見の酷似した精霊が生息することになっているのだが、見つかるはずもなかった。確実にもう滅びている。

甲虫、特にじめじめした地面や地中に住むゴミムシの体表には、当たり前にラブルベニアが付いている。しかし、大概の人間はこれを見てもゴミか体毛の変形したようなもの程度にしか思わないだろう。そんなありふれたラブルベニアだが、どういう訳か似たような環境に住むアリからは本当に採れない。アリは体表に抗菌物質を持っているため、こういう水虫菌みたいなものが寄って来にくいのかもしれない(その割には、冬虫夏草にはよくやられるが)。

アリ生ラブルベニアは世界的にも珍しく、日本ではまだ発見されていない。海外では主に高温多湿な熱帯から多く知られるようだが、一方でヨーロッパの高緯度地域でクシケアリから得られる種もいる。だから、理論上は日本からも余裕で見つかっていいはずのものである。たぶん、湿度の高い環境に多いあのアリが一番あやしいと踏んでいる。

今年のアルバムから。
2069.jpg地下性ナガワラジムシ。

本州のとある洞窟に生息するが、そのすぐそばの沢の源流を掘っても出てくる。色素が抜けて純白で、眼はない。ただ、純白と言っても体内の色つき消化器官が透けて見えるため、あいつほど純白には見えない。

この洞窟は特有の地下性ゴミムシが3種も共存する素晴らしい場所なのだが、今ここは死にかけている。付近の開発や採石工事の影響か、地下水位が下がっており、乾燥化がひどい。3種のうち1種はかろうじて存続しているが、残りはおそらくもうここで見つからない。
都内へ出張に行く道すがら毎回のようにそこへ寄って探索しているが、本当に見つかる気配がなく、次第に探索意欲がくじけ始めている。周囲の地下浅層からもまったく出ない。何をやっても採れない。

2106.jpgアリカマキリ。シンガポールにて。

1令の時が一番アリに似ており、脱皮するごとにだんだん化けの皮が剥がれてくる。成虫は、何の変哲もないただの緑のカマキリとなる。もちろん、アリとは全く関係ない生態をもつ。

今年のアルバムから。
2020.jpgミヤモトマルグンバイAcalypta miyamotoi。静岡にて。

湿った森の岩肌に繁茂したコケの中でだけ見つかる珍虫。体長2mmを超えない微少種だが、まるで精巧に作られた工芸品のような美しい生物。国内には数種いるが、まだ正体の定まらない種がいくつかいるようだ。

ある山の峠付近で、同じ環境に住む某精霊をデレさせた際の副産物として見つけた。前々から「恐ろしく小さくて発見至難」という噂を聞いてたので覚悟はしていたが、少なくとも俺の目には騒ぐほど小さく見えなかった。アリの顎の内側に取り付くダニやら、アリの頭上を高速旋回するノミバエやらに比べれば、こんなのはアフリカゾウ並の超巨大生物だ。仕事柄、1-2mmというサイズがさほど微少に思えなくなってきている。

精霊conference

1921.jpg2071.jpgこの2ヶ月くらいでデレた精霊。全て、環境省の(誰も持ち上げない)絶滅危惧種。一部最新版レッドから外されたものを含む。

自分でも相当努力したが、やはりラタトスクの皆様方の影なる支えが大きい。見た目はどれもキモい上に地味な虫の寄せ集めかもしれないが、俺にとっては全てが印象深いものばかり。特に上段左端の奴など、正直姿を拝めるとは思ってもいなかった。沢に浸かってズボンをビシャビシャにしただけのことはあった。多分、生きた姿を見た者など日本に5人もいない。

原則として、生息地を案内してもらうことはあっても、人から生きたものを郵送してもらって自宅で撮影したというものはない。全部、自分で生息地まで行って、自分の目で生きた個体とその生息状況を見ている。ただでさえ、精霊のほぼ全てが自分の研究対象でもなんでもない分類群だ。自分で実際に見てもいないものを、さも見てきたかのように語りたくない。
だから、精霊図鑑に使う写真は絶対に他人から借りたものを使わない。自分が見ていない種は載せない。だからこそ、一種でも多く自分の目で見る努力をせねばならない。自称写真家の意地である。
また、ここまで自力での達成にこだわるのは、まだ誰にも明かせないある目論見があっての事でもある。

今年のアルバムから。
2063.jpgイヨメクラチビゴミムシStygiotrechus iyonis

四国のごく限られた地域の地下空隙に生息。かなり小さい。本種を含むノコメメクラチビゴミムシ属の面々は、礫だけの層ではあまり見つからず、砂混じりの粘土層の隙間で見つかる事が多いと見た。

2049.jpg夜のカメルーンの町。治安は最悪で、外国人が一人で出歩けば、まず命はない。現地協力者に加え、多くの支援者の皆様方からの力添えがあって、無事生きて戻れた。

2050.jpgクツコムシ(リチヌレイ)。カメルーンにて。

この生き物に、野生状態で遭遇する幸運に恵まれた日本人が、何人いるだろうか。俺にとっては下手すれば、サスライアリ以上の逸材。近年、虫を見つけて思わず声をあげ狂喜したことは数える程しかないが、これは、久しぶりに俺をそうせしめた者。

クモに近縁だが、クツコムシ目Ricinuleiという全く別の分類群に属する。体のつくりがとにかく他のクモガタ類とは根本的に違い、非常に異質な生物。眼らしいものはなく、第二歩脚が異様に長い。クモガタ類としては異例なことだが、オスのクツコムシは第三歩脚の先端に生殖器官を内包している。顕微鏡を使わないと見えないほどの小ささではあるが、非常に複雑かつ種特異的な形態をしている。
クツコムシはクモとは異なり、腹部に体節構造がしっかり残っている。また、背面から見ると体が昆虫のように頭、胸、腹と3分割しているように見える。これは、頭胸部の先端、すなわち口元に通常のクモガタが持たない特別な覆いが付いているため。頭蓋と呼ばれるそれは、車のボンネット式に開閉ができ、口器をふだん防護している。言わばナチュラルボーンギャグボール。そのあまりにも奇妙かつ、ほかのクモガタと似ていなさ加減から、物凄く原始的と見る向きと、物凄く新しい分類群と見る向きとがある。

2052.jpgいずれにせよ、相当古い年代から地球上にいたらしいことが化石でわかっており、かつては現在より広域に分布していたようである。しかし、現在ではアフリカと中南米にしか存在せず、また発見も容易でない。土壌性で、湿潤なジャングルのリター中に生息する。洞窟や、アリシロアリの巣から出ることもあるらしい。
モールで作ったクモのぬいぐるみ風の出で立ちだが、体は非常に固い。特に脚は、ほぼ針金のような触感。カクカクした動きで、ゆっくり歩く。

今まで3回南米へ軍隊アリを探しに行った中で、片手間に相当な努力をして(変な日本語だが)これを探しまくったが、一度とて見つけられたことがなかった。今回アフリカでも散々探し、帰国の二日前にやっとジャングル内の倒木下から一匹見つけた。見つけたとき、恥も外見もなく叫んでしまった。その翌日、同行者のウィンクラーからさらに2匹出た。
個人的に尊敬している、とある日本の高名な生態学者は、日本人がほとんど採った事のないこの手のマイナーで珍奇な外国産虫の大半を採っている。以前学会で会った際には、ボリビアでクツコムシを一回だけ採ったことがあると言っていた。あの人の足元、いや爪の先にようやくたどり着けた。

ナスカの地上絵に、クモと称する絵がある。このクモ、何故か右側の第三歩脚だけ異常に長く描かれている。実はこのクモはリチヌレイで、古代人は顕微鏡もなかった時代に何らかのロストテクノロジーにより、クツコムシの脚先の生殖器の秘密を知っていた故の演出ではないか、と疑う好事家がいるようだ。

ともあれ、これで今まで現物を見たことのない現存クモガタ類は、ヒヨケムシ目とコヨリムシ目を残すだけとなった。ヒヨケムシは、まず分布域に行くことがないため当分見るのは先だろう。コヨリムシはどうにかして仕留めたいところ。日本では大昔に石垣島でただ一匹見つかっただけというのが公式な記録だが、どうも闇情報が他にあるらしい。

2044.jpgサスライアリの牙。大形の兵隊は体長15mm程もある。

2043.jpg手を出せば人間も容赦なく咬まれる。南米のグンタイアリの兵隊はマンモスのような牙を持つが、あれはほぼ見かけ倒しで咬む力などない。人間に噛みつくのはあくまで敵として撃退するためである。
しかし、サスライアリは強靱な牙で一度人間に噛みつくと、まるでスルメでも噛むようにどんどん深く噛みしめる。撃退ではなく、食う目的で噛んでいるのだ。適当なところで外さないと、冗談抜きで肉をこそげ取られる。しかし外すにしても、牙の内側にカエシが付いているため簡単に取れない。そのまま放っておいても、無理に外しても大量出血は免れない。

この恐るべき人食いアリだが、その巣内にはこれと密接に関わるおびただしい種数・個体数の好蟻性生物達がひしめいていることは殆ど世に知られていない。今回の旅で、それらのうちの一部とはいえ、数々の居候達の生きた姿を写真に納めることが出来た。その成果は近未来に、「アリの巣の生き物図鑑・世界編」にて明らかとなる模様である。
その前に、来年度のケニア遠征を無事遂行する必要があるが・・・果たして生き延びることができるだろうか。

1887.jpgサスライアリのオス。カメルーンにて。

夜間灯火に飛来する。5cm弱ある大形の生物で、一見ハチか何かに見える。実際、かつてはこれがアリだと誰も思わず、こういうハチの一種と思われていた。腹部の形から、英名ソーセージ・フライと呼ぶ。
最初のうちはこれが灯りに飛んでくると、でかいし変わった形なので大騒ぎする。だが、3日目辺りから実はこれが灯りにうなるほど大量に飛来するド普通種であることに気が付き、だんだんテンションが冷めてくる。最終日くらいには、見るのもうんざりするほどになる。カメルーンの中心都市ドゥアラの国際空港施設内にさえ飛んでくる。

夜間、自分のビバークから飛び立ったオスは、付近をひとしきり飛んだ末に同種の別コロニーのビバーク周辺に落ちるらしい。そこのコロニーのワーカー共は、一斉にこの闖入者に襲いかかって取り押さえる。しかし、決して殺しはしない。翅を切り取って自分たちのビバークへと連行する。そして、そこのコロニー内で新しい女王が生まれ、交尾できる状態になるまで生かしておくのだ。
新女王と交尾を済ませた後のオスの運命は不詳。恐らく用済みとしてビバークから叩き出されるか、手のひら返しでワーカーに八つ裂かれて餌になるかのどっちか。

2046.jpgサスライアリが攻め込んでくると、それまで地面の倒木や落ち葉下に隠れていた全ての生物が慌てて地上へ這い出して逃げ出し、辺りは阿鼻叫喚の様相を呈する。アリは逃げ遅れた生き物に片っ端から噛みついて取り押さえる。動けなくなったところに後続のアリがどんどん取り付いて獲物の肉体を切り裂き、引きちぎる。ケラが襲われているが、もはや外からは何が襲われているのか分からない。この程度の獲物なら、ほんの数分で原型がなくなる。

2047.jpg脊椎動物も、容赦なく殺す。レインボーアガマが八つ裂きにされた。切断された手足が運ばれていく。アリを比較的好んで食べるトカゲだが、そのアリに億単位で攻め込まれたらなすすべがない。撮影者も容赦なく襲われる。しかし、この絨毯爆撃下でしか出現しない好蟻性生物がいるので、特攻するしかない。

2042.jpg肉だけでなく、油分を含む植物質も好む。腐って落ちたアボカドの実に集まる。こうして2-3時間の殺戮ののち、アリは再び整然とした隊列を組む。ズタズタになった生物の破片をベルトコンベア状にビバークまで運びつつ撤退する。しかし、これだけの殺戮が行われた後だというのに、アリなき後には意外にも多くの生物の姿があるのだ。

しばしばテレビや蘊蓄本の類で「軍隊アリが去った後には全ての生物が殺し尽くされ、完全無生物状態の沈黙の森になる」などと見てきたようなウソ八百を面白おかしく並べていることがあるが、事実ではない。百戦錬磨のサスライアリと言えど、毒を持つバッタや匂いを持たないナナフシなど、襲わない生物は少なからずいる。襲われる生物にしてもかなり多くのものがアリの進軍を事前に察知し、余所へ逃げ延びてしまっている。アリがいなくなった後、彼らは遅かれ早かれ再びそこへ戻ってくるのだ。確かにアリが攻め込んできた後は、くる前に比べればその場の生物は減る。しかし、アリによってその場の生物が完全無になる瞬間など一秒とて存在し得ない。

また、アリが一番殺すのは、そのエリアで一番個体数が多く優占する種である。優占種がそこから除かれることでニッチに「空き」が生じ、普段優占種に押さえ込まれている種がその空きに入り込みやすくなる。サスライアリは、ただ一方的に奪い尽くすわけではなく、ジャングル内の生物相を一度リセットして多数種の生物種が(あくまで結果としてではあるが)そこに生息する余地を作る役割を担っている。

カメルーンの写真も尽きてきたため、そろそろ真打ちをほんの少しだけ出そうと思う。これに会うために資金集めまでしたのだから、触れないわけにはいかない。

2048.jpgサスライアリDorylus sp.。アフリカ最強の殺人アリ。

永続的な巣を構えず、定期的に放浪を続けてさすらう軍隊アリの仲間。世界中の熱帯に軍隊アリと呼ばれるアリはいるが、アフリカのサスライアリは最も強力かつ恐るべき部類になる。コロニー構成要員は推定一億匹以上とされ、引っ越しの行列が全部通り過ぎるまで3日かかるらしい。ちなみに有名な中南米のグンタイアリの中でも大形の種Eciton burchelliiでさえ、引っ越しは一晩で終わる。

2045.jpg動物の古巣など、地中に空いた空隙を拡張して一時的な野営地(ビバーク)を造り、そこから毎日無数の捕食部隊を繰り出す。捕食行軍は、午前中に行うことが多い。獲物メニューは主に地表にいるクモやバッタなどが多いが、手近にいる大概の生き物は何にでも襲いかかる。その餌メニューには、状況次第では人間も含まれる。アフリカ諸国では、ライオンを倒すとか馬一頭を一晩で骨にするなどの逸話にも事欠かない。

サスライアリはアフリカに広く分布する普通のアリではあるが、何しろさすらいの遊牧民みたいな奴らなので、ここにいけば確実に見られるという場所がない。原則、ワナなどでおびき寄せることも出来ない。だから、出会うためにはひたすらジャングルを闇雲に歩き続け、偶然彼らの行列にぶつかるしかない。
延々と続く、高温多湿で見通しのきかないジャングル内の狭い小径を、目的地もなく丸一日何十キロも歩き続けるのは、ものすごく体力と精神力を消耗する。それも、無数のハエや蚊に巻かれながら、滝のように全身から吹き出す汗にまみれ、赤ん坊一人分くらいの重さの採集用具と撮影機材を担いで。それだけ苦労しても、全くアリに出会えずに終わる日の方が多い。
しかし、一番大変なのは運良く彼らに遭遇してから。何せ人食いアリと呼ばれるほどの猛獣なので、そんなのを観察するのは日本の庭先でアリを観察するようには行かない。

2041.jpgサスライアリは、眼が全くないため視力を持たない。だが、隊列を組んでジャングルを行進した捕食部隊は何をきっかけにするのか、ある場所で行列の先頭を扇状に広げる。無数の修羅どもがジャングルの地面を黒い絨毯状に広がり、殺戮が始まる。

2031.jpgカメルーンでは山奥から市街地まで、いたる場所にいたカエル。アオガエル系じゃないかと思うが、種は不明。

「ヒィィィーン!」と、金属の擦れるような、虫のような高い声で鳴く。

2038.jpgアフリカツムギアリOecophylla longinoda。カメルーンにて。

東南アジアに広く分布するツムギアリO. smaragdinaの近縁種。現存するツムギアリ属は世界にたった2種しかいない。外見はともに同じで、同じ虫かごの中にまぜこぜにされたら区別しがたい。

2039.jpg生態は東南アジアのツムギアリと何も変わらない。幼虫に糸を吐き出させ、樹上の葉同士を紡ぎあわせて巣を作る。

2036.jpg東南アジアの奴に比べて、巣は小規模の印象。いじると怒り狂ったアリ共が大量に湧きだし攻撃してくるが、東南アジアの奴の攻撃に比べると生身で受けても比較的耐えられる程度のレベル。
アフリカツムギアリの巣内には、非常に変わったアリノスシジミEuliphyraの幼虫が寄生しているという。だから、相当気張ってアリの巣をいくつも暴きまくったが、信じがたいほど何も出なかった。

2051.jpg妖しいカマキリ。カメルーンにて。

1997.jpgウデムシ。カメルーンにて。

1996.jpgさほど大きくなかった。しかし、でかい個体は際限なくでかい。

2053.jpgガラス細工のようなゴキ。カメルーンにて。

2035.jpgトンボ。カメルーンにて。

2034.jpgハエを頭からバリバリ食う。食べられたハンス。

2029.jpg海外においてトンボは、滞在最終日で体力とカメラバッテリーに余力があるときに限り撮影可能。

2003.jpg巨大ヘリカメムシ。遠目には枯葉が引っかかっているようにしか見えない。

カメルーンにて。

2004.jpg木の肌カマキリ。カメルーンにて。

平たい体で樹幹にピッタリ張り付いて、アリが来るのを待つ。来ると、猛烈なスピードで突撃して捕らえる。この手のカマキリは世界中の熱帯にいるが、たぶん必ずしも近縁なもの同士ではない。

切リ結ブ太刀ノ下コソ地獄ナレ踏ミ込ミ行ケバ後ハ極楽

1990.jpgヤマシログモとヒメグモが、獲物を巡って骨肉の争いをはじめた。クモの戦いは、大抵は体サイズの大きいものが勝利する。

カメルーンにて。

1998.jpgベッコウバチ。カメルーンにて。

人間を嫌い、仲間を嫌う孤独な狩人。一枚しか撮影を許してくれなかった。

2040.jpgハマキモドキ。カメルーンにて。

葉上をステージに、激しく踊り続ける。

1912.jpgゴミムシダマシ系。カメルーンにて。

1769.jpgヤマシログモ一種。カメルーンにて。

宿の壁面に、たくさん生息していた。この仲間は巣を作るタイプと徘徊するタイプがおり、ここには前者のみいた。

クモは一般に尻の糸イボから糸を出すが、ヤマシログモは口からも糸を吐き飛ばすことで有名である。彼らは前脚を前方に突き出す体勢で待ち伏せしたり、徘徊したりする。そして、その前脚の先端に獲物が触れた瞬間、反射的にキバから粘液を発射する。これは毒液そのもので、空気中に放出された瞬間固化して糸となり、獲物に絡みつく。その場で貼り付けになった獲物にクモはゆっくり近づき、噛み付いてとどめを刺す。傍から見ていると、クモに触られた獲物がまるで催眠術にでもかかったようにその場から逃げず、そのままあっさりクモの餌食になるように見える。
本来、噛み付いて獲物体内に直接注入するはずの毒液を吐き飛ばして使うため、大量の毒液ストックが必要となる。大きな毒袋を格納すべく、この仲間のクモは頭が大きい。


ヤマシログモの仲間は英名を唾吐きグモという。しかし、実のところ彼らの攻撃方法は、人間の唾吐きなどとはまったく次元の違うきわめて高度かつ複雑なものである。
糸を吐くスピードはすさまじく早く、1-2cm離れた獲物に向けて発射した糸が、その獲物に届くまで1/700秒ほどしかかからない。目視では絶対に吐く瞬間を認めることができず、いつも次の瞬間には獲物が唐突に貼り付けになっている状態。しかも、ただ一直線に吐き出しているわけではない。左右のキバを互い違いに高速で上下させながら吐くので、糸は空中できめ細かなジグザグを描きながら獲物に向かう。だから、獲物は瞬時にがんじがらめになってしまう。

1885.jpg口元から2本の糸が出ているのが分かる。獲物に命中した後、早々に切ってしまうため、こうして見えるのはほんのわずかな間だけ。

1884.jpg
キバを上下させる動きも、当然目視では確認できないスピードでなされる。しかし、捕まった直後の獲物にかかったジグザグの糸の絡み方を見れば、単に糸をまっすぐ吐いているわけでないのは明白だ。
歌舞伎やマンガなど創作世界において、糸を投網のように投げて攻撃するクモの描写がよく出てくる。しかし、現実のクモで遠方の相手めがけて糸を投げつける習性を持つのは、ヤマシログモとナガイボグモの仲間だけである。他に、造網クモ類で自分の体格より著しく大きな獲物を捕らえる最、遠方から糸束を投げつけるように見える場合がある程度。