
アブクマメクラチビゴミムシ
Kurasawatrechus quadraticollis。
関東北部から東北南部にかけて分布するらしき者。外見上
あいつとどこが違うのかさっぱり分からないくらい似ている。事実、互いに近縁。これら種を含むアブクマメクラチビゴミムシ群は、背面から見てほぼ真四角の胸部が特徴でありチャームポイントの仲間たち。
メクラチビゴミムシには、(特に同属近縁なもの同士であるほど)一か所に複数種が混在しない原則がある。俺の居住区は恐ろしく広域にわたる
あいつの分布域の只中にあるため、そこから脱出して別の種を採りに行くのに一苦労する。
本種を地上へ引きずり出すのは、
あいつの時よりも遥かに苦戦した。生息地の洞窟付近に、掘って出せそうな場所が容易に見つからなかったから。多分、洞窟内に入ればもっと楽に採れたのだろうが、時世柄それはやらないと決めていたので、敢えて時間も労力もかかる方法でやっと一匹だけ捕らえた次第。
昨今の疫病騒動に関連して、国際自然保護連合等の団体が、研究者に対して「当面の間コウモリと接触する可能性のある全ての野外調査活動を自粛せよ」との声明を出している。コロナがコウモリ由来のウイルスであることが分かっているゆえの声明だが、これは人間がコウモリから余計なウイルスを貰うリスクというよりも、一度人間社会で蔓延し、その中で変異したコロナウイルスが再びコウモリに感染し、コウモリを殺してしまう危険性を考慮したものである。今、人間の間で流行っているウイルスは、コウモリが元々持っていたものとは既に別物に変異しているため、これをコウモリに返してしまうと今度はコウモリの方が病気になってしまう可能性が現時点では否定できないのだ。
コウモリは害虫を大量に捕食したり、植物の受粉を助けるなど生態系のバランス維持に多大な貢献をしている生物であり、なおかつ多くの種が絶滅の危機に瀕している。そんなコウモリ達の間で病気を蔓延させて大量死させてしまうと、将来的に我々にとっても取り返しのつかない事態になりかねない。だから、いまコウモリの住む洞窟には入りたくても入ることができない。
今の日本の政府は、疫病の封じ込め、根絶を完全に放棄した。それどころか、人の往来を促進するキャンペーンまでやり出す始末。これら一連の政府の対応を、大概の国民は(諦観を交えつつ)それなりに評価しているのだろう。一応それで経済が動いているし、収益を上げて喜んでいる人も少なくないからこそ、このような政策が行われ続けているのだ。
だが、俺は今の政策を全く評価しない。洞窟の生き物達との、掛け替えのない触れあいの時間を無期限で俺から奪ったことを、心から恨み憎んでいる。コウモリにウイルスを返してしまう危険性をなくすためには、コロナの国内根絶・ゼロリスクの世であって貰わなければ困る。
洞窟をフィールドワークの場とする生態学者は、皆そう思っているはずだ。