2015/11/20|Category:海外・アフリカ

この生き物に、野生状態で遭遇する幸運に恵まれた日本人が、何人いるだろうか。俺にとっては下手すれば、サスライアリ以上の逸材。近年、虫を見つけて思わず声をあげ狂喜したことは数える程しかないが、これは、久しぶりに俺をそうせしめた者。
クモに近縁だが、クツコムシ目Ricinuleiという全く別の分類群に属する。体のつくりがとにかく他のクモガタ類とは根本的に違い、非常に異質な生物。眼らしいものはなく、第二歩脚が異様に長い。クモガタ類としては異例なことだが、オスのクツコムシは第三歩脚の先端に生殖器官を内包している。顕微鏡を使わないと見えないほどの小ささではあるが、非常に複雑かつ種特異的な形態をしている。
クツコムシはクモとは異なり、腹部に体節構造がしっかり残っている。また、背面から見ると体が昆虫のように頭、胸、腹と3分割しているように見える。これは、頭胸部の先端、すなわち口元に通常のクモガタが持たない特別な覆いが付いているため。頭蓋と呼ばれるそれは、車のボンネット式に開閉ができ、口器をふだん防護している。言わばナチュラルボーンギャグボール。そのあまりにも奇妙かつ、ほかのクモガタと似ていなさ加減から、物凄く原始的と見る向きと、物凄く新しい分類群と見る向きとがある。

モールで作ったクモのぬいぐるみ風の出で立ちだが、体は非常に固い。特に脚は、ほぼ針金のような触感。カクカクした動きで、ゆっくり歩く。
今まで3回南米へ軍隊アリを探しに行った中で、片手間に相当な努力をして(変な日本語だが)これを探しまくったが、一度とて見つけられたことがなかった。今回アフリカでも散々探し、帰国の二日前にやっとジャングル内の倒木下から一匹見つけた。見つけたとき、恥も外見もなく叫んでしまった。その翌日、同行者のウィンクラーからさらに2匹出た。
個人的に尊敬している、とある日本の高名な生態学者は、日本人がほとんど採った事のないこの手のマイナーで珍奇な外国産虫の大半を採っている。以前学会で会った際には、ボリビアでクツコムシを一回だけ採ったことがあると言っていた。あの人の足元、いや爪の先にようやくたどり着けた。
ナスカの地上絵に、クモと称する絵がある。このクモ、何故か右側の第三歩脚だけ異常に長く描かれている。実はこのクモはリチヌレイで、古代人は顕微鏡もなかった時代に何らかのロストテクノロジーにより、クツコムシの脚先の生殖器の秘密を知っていた故の演出ではないか、と疑う好事家がいるようだ。
ともあれ、これで今まで現物を見たことのない現存クモガタ類は、ヒヨケムシ目とコヨリムシ目を残すだけとなった。ヒヨケムシは、まず分布域に行くことがないため当分見るのは先だろう。コヨリムシはどうにかして仕留めたいところ。日本では大昔に石垣島でただ一匹見つかっただけというのが公式な記録だが、どうも闇情報が他にあるらしい。