デートア精霊 童子プリースト

2390.jpg一つ、論文を通した。生態不明の絶滅危惧種、精霊ドウシグモAsceua (Doosia) japonica が、卓越した捕食技術により樹上性の小型アリ類を専食するスペシャリスト捕食者であることを突き止めた。

Komatsu T (2016) Diet and predatory behavior of the Asian ant-eating spider, Asceua (formerly Doosia) japonica (Araneae: Zodariidae). SpringerPlus20165:577 DOI: 10.1186/s40064-016-2234-1

ドウシグモは、関東あたりから西にかけて広く分布するものの(沖縄にもいることになっているが、近年確実な記録がなく疑問視する向きあり)、生息地は非常に局所的。神社の屋敷林で見つかった例が多く、夏季には樹幹や石灯籠の上を歩いている様子が、冬季には樹皮下で越冬しているさまが、これまでに観察されている。しかし、それ以上の生態はまったく不明で、何を餌にしているのかなど基本的な生活史が何一つ調べられてこなかった。環境省の絶滅危惧種(情報不足カテゴリ、2015年版)に指定された以後も、その扱いは変わることがなかった。
なぜこの希少生物のことを、本職のクモ専門家ですら今まで調べたがらなかったのか。それは、数が少なすぎるのと見つけ方が分からないことの2つに尽きる。これまで知られている本種の採集記録の多くは、何か他の生き物を探しているときに偶然見つかったというものがほとんど。偶然の発見なので、当然一度に得られる個体数も少ないし、得られる生態情報も断片的だ。研究に使うに足るほどの数を集めることが不可能だったため、研究のしようがなかったのである。
それ以前に、いくら絶滅危惧種といえど所詮キモい小グモだし、結局専門家の目から見ても学術的にあまり価値のあるものと認識されていなかったのも大きい。もし本当に価値があると思われていたなら、希少性など問題にせずとっくの昔に誰かが草の根分けてでもこの生物の生態を解明しているはずだから。

2014年に九州へ高飛びした俺は、市街地に程近いとある裏山を根城として毎晩通い、そこにいる動物を観察して回っていた。ある日の夜、その裏山の一角に立つ一本の木に、たまたま1匹のドウシグモが何かを口にくわえて止まっているのを見つけた。よく見ると、それはアリだった。そのクモはハヤシケアリを吸収していた。この時、あまり深く考えずにスルーしたのだが、翌日・そのまた翌日と連日この裏山へ通うたび、林内のあちこちで樹幹に止まってアリを吸収しているこのクモをやたら見かけた。

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2395.jpg普通、徘徊グモはアリを好んで食べない。なのに、このクモはあまりにもアリを捕りすぎではなかろうか。そこで少し調べたところ、このクモが属すホウシグモ科の面々にはアリを専門に捕食する種が多数知られており、海外ではその行動生態が非常によく研究されていることを知った。アリは毒や毒針を持つうえ反撃能力が高いため、これらクモは非常に巧妙な戦術でアリを倒すのだ。一方、日本国内においてホウシグモ科はほんの5-6種程度しか知られておらず、いずれの種に関しても生態など誰も調べていなかった。
そこで、恐らくこいつはアリを専門に食っているのではないか、そしてもしそうならば、アリを効率よく倒す独特の行動戦略を持つに違いないとの期待を胸に、シーズン中は毎晩裏山でこのクモの捕食個体を探した。そして、食べているものが何か、それをどうやって捕らえるのかを逐一観察し続けた。

足掛け2年かかって、トータル75例の捕食個体をこの裏山で見つけた。その全てが、小型樹上性アリだけを食っていたのだ。日中食っている個体もそれなりに見たが、やはり圧倒的に日没後のほうが多くの捕食個体を見つけられた。別の産地ではどうかと思い、数年前にたまたま見つけた静岡のとある屋敷林でも観察した。貧弱な産地でたった2例しか見つからなかったが、やはりここでも夕刻近くにアリを食っていた。これらのうちいくつかの例に関しては、アリを実際捕まえる瞬間に立ち会った。



2411.jpgクモは日没前後に、樹幹に伸びるケアリやアミメアリの行列脇を盛んに歩き回る。そして、行列近辺の樹皮の隙間や着生マメヅタの葉裏などに身を隠し、脚の先端だけ外へ出した状態で待ち伏せる。

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2398.jpg身を隠せる場所が周辺にない場所は、剥き身で待ち伏せる。ただし、このスタイルはあまり好まない。

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2394.jpg行列から逸れたアリがたまたま近寄り、クモの脚に触れた瞬間、クモは飛び出してアリの胸部に噛み付く。基本は胸部だが、時に脚など違う部位に噛み付く事もある。

2387.jpgハヤシケアリを襲う幼体。自分よりも体格のでかい相手にも、ひるまずに襲いかかる。

2396.jpg樹皮の隙間からアミメアリに襲いかかろうとしたが、アリが興奮していたため無勢を悟り、引く。

2389.jpg興味深いのは、捕獲したアリの分類群によりクモのこの先とる行動が変わってくることだ。ヤマアリ亜科を捕らえた場合、そのまま死ぬまで離さない。アリの方も極めて速やかに沈黙し、噛み付きからわずか3-4秒ほどでもう動かなくなる。ところが、フタフシアリ亜科を捕らえた場合、高率で噛み付きの後そのアリを一旦逃がす様子が観察された。この傾向はアミメアリに対して顕著で、野外で見た例全てにおいて必ず見られた。フタフシアリ亜科に対する噛み付きは、ヤマアリ亜科に対するそれよりも明らかに効果が弱く、完全に沈黙するまで10数秒ほどかかる。獲物からの断末魔の反撃を受けるリスクを避けるため、クモはあえて一度手負いの獲物を逃がして避難するのだ。

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2403.jpgこのクモの写真を、こうもドバドバ載せるページは、後にも先にもここだけ。

解放されたアリは、酔っ払ったようにふらつきつつ逃げようとしたり威嚇体勢をとるが、じきに倒れる。その間、少し離れた場所で脚を縮めてじっと待機していたクモは、脚を上下にへこへこ動かし始め、おもむろに歩き出す。ジグザグに歩きつつ、傍で事切れているはずのアリを手探りで探し出し、回収する。アリを咥えあげたクモは、付近の隠れ家にそれを引きずり込んでからゆっくり吸収する。

ホウシグモ科の毒に対する感受性が、アリ分類群により異なることは、既に海外産種を使った研究で示唆されていた。しかし、ドウシグモがアリを捕まえた瞬間、どうやってその分類群の違いを認識して戦法を変えられるのか、よく分からない。少なくとも、視覚でアリの分類群を見分けている訳ではない。このクモは明らかに視力が発達していないから(待ち伏せの際、いくら至近に獲物がいても物理的に触れられない限り獲物の存在を認識しない、倒れた獲物の回収時まっすぐ獲物に向かわず、手探りでジグザグ歩きする等)。
一番可能性が高いのは、アリの体表面を覆う化学物質の組成の違いを認識していること辺りだろうか。今後の課題である。ちなみに、待ち伏せ中のクモにダニやトビムシなどアリ以外の生物が触れると、クモは一瞬身を乗り出して捕らえようとするが、抱え込まずすぐ引き下がる。アリとそうでない生物とを、ちゃんと識別できている。

ドウシグモは従来、生態の不明さにより非常に発見困難なクモであった。しかし、それが樹幹のアリしか食わないことが分かってしまった今、もはや見つけるのは電線のスズメを見つけるよりも容易い。アミメアリやケアリ属など、行列を作る3-4mmサイズのアリが行列を作っており、なおかつマメヅタなどが絡む凹凸の激しい樹幹を探せばいいのだ。探す高さは関係なく、地面すれすれにいるときもあれば地上1m位の所にいるときもある。
こうした場所で、アリの行列付近の樹皮にアリの死骸が引っかかっていたら、ドウシグモがすぐ近くにいる。彼らは樹皮の裂け目やマメヅタ葉裏でアリを吸収し終えると、無造作にそれを放置して去るか、真下に蹴落とす。だから、その死体の傍や、直上の隠れ家になりそうな場所をチェックすれば、簡単に足がつく。
実は、同じくアリを専食するミジングモ類も似たような死骸を樹幹に残すため、慣れないと区別しにくいかもしれない。だが、ミジングモと違ってドウシグモはアリ捕獲の際、決して糸を使わない。だから、ドウシグモに食われたアリの死骸には、絶対に糸が絡んでいない。「ただ無造作に、なんとなく引っかかっているアリの死骸」を探すのがポイント。

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同じ場所でよく見るカニミジングモ。捕らえたウメマツオオアリを糸で縛っている。吸収し終えると、縛ったまま樹幹に放置して去る。

この死骸の多少により、その地域で潜在的にどれ程の個体数のドウシグモがいるかを、何となく推測できる。九州の裏山は、目視でも明らかに多産することが分かる場所で、当然ながら樹幹の食痕数もかなり多い。反面、静岡の産地ではクモ自体の姿もほとんど見かけず、食痕もわずかだった。この場所は、住宅街に四方を囲まれた猫の額ほどの小さな神社である。そもそも個体数が少ないから、食痕も少ないのだ。東京都西部の城跡でも稀にこのクモから見つかるため、初夏の夜に一度探しに行ったが、ここではクモどころか食痕すら一つも見なかった。恐らくそこはこのクモの分布の東限に当たる貧弱な産地ゆえ、相当少ないのだろう。

このクモに関して今回判明したのは、あくまでも餌メニューと捕食行動であり、繁殖行動などほかの事は依然として不明なまま。今後、偶然それを観察する幸運に恵まれたら調べるであろうが、俺はこの後このクモに関して特別に労を割いて何か調べることはないと思う。それは本職のクモ研究者がすべき仕事だし、あくまでもこちらの関心事は精霊を「それを見たい人間が、いつでも見たい時に見に行ける存在にまで落とす」ことのみである。


これまでクモの専門家でさえ、誰一人このクモの詳細な生態を調べてこなかったと上で述べた。しかし、実はかつて(入手できる文献で判断できる限り)この国でたった一人だけ、このクモに並々ならぬ執着を持った専門家がいた。故・深澤治男氏その人である。
そもそもドウシグモは佐賀県で外国のクモ学者が発見したもので、後に関東および近畿で生息が確認された。このうち、関東における最初の発見者こそ深澤氏であった。彼が見つけたのは東京の芝公園で、当時今以上に生態も何も分かっていなかったこの珍しいクモを、出かけるたびに採集したという。彼はこのクモに対して"「住居性、食性、繁殖性に就て、深くしらべてみたい」と大分執心中であったが、遺憾にも、書いたものは何も残されなかつた様子である"と、文献に記されている(岸田 1940)。
深澤氏のことは、実のところ何も知らない。一世代違う時空を生きた人なので、もちろんお会いしたこともない。しかし、貴方がこの世に残そうとした知見のほんの一部分でも、世に送り出すことはできたでしょうか。

ケカゲロウ、フタホシキコケガに続き、また一つ人類の未来にクソ程も役立たない小虫の生態が判明した。
役には立たないかも知れないが、しかし本当に面白い虫だとは思わないだろうか。たかだか4mmぽっちの身体で、獲物からの反撃を巧みに避けて仕留める技術を持っていた。テレビの自然番組で見飽きたライオンや猿にも劣らぬ、めくるめく世界が、我々の家のすぐ側に展開されていた。
環境省の絶滅危惧種のうち、生態不明な情報不足のもの達は、きっと皆こんな不思議と謎を「隣界」に隠している。それを明らかにせぬままこの国からむざむざ消してしまうのは、あまりに惜しい。


岸田久吉(1940)ドウシグモとウチワグモに就て Acta Arachnol5: 138-145

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論文では明かされないサイドストーリーは研究者のみが知る領域
その一端を垣間見せてくださった著者様に感謝です
素晴らしい画像と精微な筆致で展開するストーリーに引き込まれました
新たな生きざまを見届けるべく密林で新刊を予約した次第
-|2016.06.25/14:01
誠にありがとうございます。我々のすぐそばにある、小さな生き物達の織りなす不思議な世界を、一人でも多くの人々に知ってもらうため、これからも微力ながら自分の出来る事を続けて参ります。
-|2016.06.25/17:13

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