一里塚

先日の海外遠征は、マレー半島とボルネオ島の複数地点を転々としつつ、必要な実験材料を集める旅だった。特にボルネオは普段行けないので、毎日ワクワクしていた。行き慣れた向かいの半島側にはいない生物が普通にいたりするからだ。逆に半島に普通にいるものがボルネオには全然いないというケースもなくはない。

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モーレンカンプオオカブトChalcosoma moellenkampi。ボルネオ島と周辺の島の、限られた森にしかいない珍しい巨大カブト。よく知られた近縁種アトラスC. atlasやコーカサスC. chironより体型が細身なのが特徴。写真の個体は、本種としては最大級の立派な個体。メスとか幼虫期に栄養が足りなかった矮小なオスはよく灯火に飛んでくるが、こういう巨大オスは滅多に来ない。ただでさえなかなか行けないボルネオの珍種カブトの巨大個体など、もう今後何年生きてても見ることはないと思う。冥土の旅の一里塚だ。
こいつはキナバル山の麓、日本人宿泊客から「朝方に玄関にでかい虫が落ちててチョー最低」等の評価をなされていた最低の宿の玄関に、朝落ちていたもの。

せっかく来てくれた珍種カブトだが、こういう大形の虫は大概の国では法律で連れて帰れないものである。なので満足するまで撮影した後、もう二度と灯りに飛んでこないように宿舎裏の山の上まで持ってって放すことにした。次に灯りに飛んできたら、きっと命はないだろうから。虫をカメラバッグに放り込んで山へ登ったが、途中でバッグを開ける必要が出てきたため、ふいにバッグを開けて中身も確認せずゴソゴソ探った。
その瞬間、指先に信じがたい激痛が走った。カメラバッグの中のカブトが、俺の指を思いっきり挟んだのだった。

IMG_3551.jpg本種を含むアトラスオオカブト属は、背面の「胸部と腹部の継ぎ目」を物凄い力で閉じる事が出来る。ここに不用意に指を置くと、挟まれる。一度挟むとどんどん締め付けていき、離してくれない。何とかなだめすかして離してもらったが、指先にくっきり「=」の印を刻まれてしまい、しばらく消えなかった。これが大形のコーカサスだったら、確実に肉が切れて出血していただろう。爪をはさまれて割られるケースもあるという。
彼らがこういう能力を獲得したのは、サルなどの大形捕食者に上から取り押さえられたときに反撃するためだろうと言われる。

結局、こいつは高い山奥の適当な木の幹にひっつけてきたのだが・・。せっかく安全な所まで苦労して連れて行ってやろうとしているのに、実に恩知らずな奴だ。

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全く関係ない話だが、昔のアニメ「ガンバの冒険」の中の、カラス岳の話が気に入っている。仲間と冒険を続けてきたネズミのガンバは、道中に山岳地帯でカラスの群れに襲われ、仲間とはぐれた上に大けがをして動けなくなる。そこを、偶然その山でガイドをやっていた人間の若者に見つかり、拾われて彼の住む山小屋に連れて行かれるのである。
とにかく人間をネズミの敵とし、徹底して無機質かつ冷酷に描くこのアニメの中で、この若者はネズミに対して助けになる行いをした作中唯一の人間だった。彼は献身的にガンバを看病し、暖かいスープやらを作って飲まそうとしたり、体に包帯を巻いてやろうとした。だが、普段人間からひどい目に遭わされ続けてきたガンバは頑なにこれを拒否する。若者の手に噛みつき、隙あらば山小屋から逃走を図ろうとした。

結局ガンバはある程度のレベルで若者からの世話を許容するが、それでも決して本心から彼を信用しなかった。最後に回復して野に放たれるときには、半ば逃げるように山小屋を後にする。一人暮らしの若者はネズミとの出逢いに心から痛く感激し、その日の夜に「今日は神が素晴らしい小さな友達を私に授けて下さった!」などのポエムをしたためる。一方で、ガンバはその後仲間と再会して大喜びするばかりで、もう自分を助けてくれた人間の事など二度と思い出さなかったという対比が印象的だった。

幼少期にこの話をみて、人間の思いやりとか気遣いとかいうものは、野生動物には絶対伝わらないし無用であることを学んだ。そんな俺でも、あのカブトをあのまま玄関で干涸らびさせるのは忍びないと思った。

※カラス岳でガンバに大けがを負わせたのは、カラスではなく鷹だったかもしれない。

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