長篠に勝の徒

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久々に見かけた、サムライアリPolyergus samuraiの奴隷狩り。以前はシーズンになればそこら中あちこちで見たものだが、最近どこでも本当に減っている。いずれ絶滅危惧種になると思う。

サムライアリは、ヤマアリ属Formicaを奴隷として使うのであまりにも有名である。結婚飛行を終えたサムライアリの女王は自力で巣を創設できず、近隣のヤマアリの巣に入り込んでそこの女王を殺し、自分が新しい女王に成り代わる。ヤマアリの働き蟻たちは、不思議なことに産みの親を殺したこの侵入者を新たな女王としてあっさり迎え入れ、これが産む幼虫や卵を一生懸命育てる。
やがてサムライアリの働き蟻が生まれるのだが、サムライアリの働き蟻は巣内で働かず、自力で餌を食うことすらできないため、身の回りの世話は何から何までヤマアリの働き蟻にやらせる。しかし、ヤマアリの働き蟻はやがて寿命が来てつぎつぎに死んでいってしまう。ヤマアリの女王はすでにいないので、その巣から自然に働き手のヤマアリが生まれてくることはもうない。そのため、サムライアリは1年のうち限られた時期に、よそのヤマアリの巣を大挙して襲い、労働力となる若い蟻をさらいに行くのである。普段働かないサムライアリの働き蟻も、この時ばかりは「盗み」を働く。

418.jpgサムライアリが「仕事」をするのは、だいたい7月の蒸し暑い日の夕方と決まっており、条件がよければこの時期毎日のように奴隷狩りを行う。よく言われている話としては、午前中のうちに数匹の偵察部隊が近隣をうろついて、襲えそうなヤマアリの巣を探す。いいカモを見つけた偵察アリは、道しるべを付けながら自分の巣へと戻り、巣にいる他の仲間達を興奮させる。そして、数百匹のサムライアリの働き蟻たちが一斉に地表に現れ、偵察アリがつけた道しるべを辿ってカモの巣へ到達する。到達するや一気にカモの巣の中へなだれ込み、中にあるヤマアリの幼虫や蛹、あるいは成虫になったばかりの働き蟻をくわえあげて自分達の巣へと連れて帰るのである。

401.jpgサムライアリの働き蟻は、鎌のような鋭い牙を持っており、戦うことに関してはヤマアリより勝っている。ヨーロッパなどにもサムライアリの仲間はおり、それらの生態に関する文献を見ると「鋭い牙で、立ちはだかるヤマアリの働き蟻の頭を刺し殺す」(ヘルドブラーほか 1997)とか、「巣口にいる邪魔なヤマアリを、アゴでくわえて放り出す」」(奥本 1991)など、穏やかでない内容が書いてある。
しかし、今まで俺が日本で何回もサムライアリの奴隷狩りを見た限りでは、こうした行動は一回も見たことがない。むしろサムライアリは、立ちはだかるヤマアリたちの隙間を縫い、物理接触をさけて仕事の遂行のみに専念しているように思える。もしかしたら、目に見えない地中ではそのような光景が繰り広げられているのかもしれない。

なお、「奴隷狩り」という言葉は、海外でこのアリ類がslave maker antと呼ばれている所から和訳された言葉だろう。言い得て妙な言葉だし、このアリの生態を知らない人でも「奴隷狩り」と聞けば、このアリがどんなことをするのかだいたい想像もつく、明解な用語だと思う。しかし、最近は生き物研究の世界にも差別用語撤廃の波が過剰なまでに押し寄せている。いずれ「奴隷狩り」という言葉も、「遠方労働力調達」とか「労働力強制招聘」とか、やたら遠回しで意味の分からない言い方に変えさせられるのだろうか。

サムライアリは英語でamazon antとも呼ばれる。これは奴隷狩りをする勇猛さ、そしてそれが全部メスである働き蟻によってなされる様を、伝説上の女系戦闘民族アマゾネスになぞらえたもの。南米のアマゾン川とは関係ない。サムライアリ属は、中南米には分布していない。

東海某所にて。


参考文献
バート・ヘルドブラーほか(1997)蟻の自然史。朝日新聞社、319pp.
奥本大三郎(1991)ファーブル昆虫記7。集英社、296pp.

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