夏のアルバムから。
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アミカ。北海道にて。

清涼な水質の河川に生息する。幼虫は奇怪なロボのような姿をしており、流れに洗われる川底の岩の表面に取り付いて藻類を喰う。成虫の翅には通常の翅脈に加えて、とてもきめ細かな筋が網目状に張り巡らされていて美しい。しかし、よほどストロボを工夫しないと写真に写らない。上は工夫したのに大して写らなかった例。

夏のアルバムから。
2689.jpgヨモギエボシタマバエRhopalomyia yomogicolaの虫コブ。北海道にて。

ヨモギの葉にとんがりコーンみたいな形の虫コブを形成する。ヨモギさえ生えているところなら、日本中いたる場所で見かける。しかし、野外で成虫を見るのはまず無理だと思われる。

昔沖縄に行った際、沖縄ソバ屋へ入ったことがあった。メニューの中に「ヨモギソバ」というのがあったので、何の気無しに注文してみた。俺はてっきり本土で見かけるヨモギソバのイメージから、当然のこと麺の生地にヨモギが練り込まれた緑色のソバが出てくるものだと信じて疑わなかった。
ところが実際出てきたのは、普通の沖縄ソバの上に、たった今さっきその辺の道端からむしってきたばかりとしか思えない生のヨモギの葉が3枚乗せてあるだけという代物。しかもヨモギエボシタマバエの虫コブつき。たった3枚ヨモギの葉っぱが乗っているだけで、乗せてない普通の奴より50円近く高かった。腹が立ったので、虫コブごと全て食らい尽くしてしまった。

森・山中

夏のアルバムから。
2650.jpgサシチョウバエ。静岡にて。

分布から見てニホンSergentomyia squamirostrisだろう。深夜、山間の電話ボックスの灯りに少なくなかった。正直、日本の本土にいるというのが信じられない生物。すぐ飛んでしまうため、撮影は至難。

サシチョウバエ科は主に熱帯に多い蚊の仲間で、吸血性を持つ(正確には刺すのではなく皮膚を咬み破り、流れる血を舐める)。海外ではこの仲間が媒介する致死的な感染症により、僻地を中心に今なお多くの人間が死んでいる。俺も南米では、こいつらの攻撃でかなり悩まされた。とても小さく、服や帽子の中に入ってきて咬みついてくる。蚊帳の目もすり抜けて入ってくるため、普通の蚊と比べて防ぐのが難しい。
手元にある資料を見る限り、日本では本州以南からニホンが知られるほか、南西諸島からも最近いくつかの種が見つかったような噂を聞く。日本産サシチョウバエは、どうも人間を含む恒温動物からは吸血しないようで、ヤモリなど爬虫類だけを攻撃するらしい。よって、こいつは人間にとって敵ではない。

愛読書「図説ハエ全書」(マルタン-モネスティエ、原書房)の中にある「殺す小バエ」の章で、サンチュウバエなる謎のハエの話が出てくる。何でも、そのハエはすさまじく小さくて見た目は大したことなさそうなのだが、とても恐ろしい伝染病を人間にもたらしてしばしば多数の死者を出すという。この話を読みながら、俺は聞きなれないサンチュウバエというハエが一体なんなのか気になっていた。しかし、章末のほうでリーシュマニア症という言葉が出てきたため、これはサシチョウバエのことを言っているのだと気付いたのだった。
文中、3回くらいサンチュウバエという名前で書かれていたため、単なる誤植ではなく、訳者がサンチュウバエという名の昆虫がいるのだと勘違いして能動的に書いている。どういう経緯でサシチョウバエをサンチュウバエと認識したのか気になる。なお、この本の影響からか、ネット上でググッてもサンチュウバエと表記しているサイトが僅かに引っかかってくる。

元々日本国内では全くなじみがないサシチョウバエという昆虫は、昆虫学に心得のない人間にとって得体の知れないものである。サシチョウバエは英名をsandflyというが、大抵の英文訳者はこれを読んだそのままにスナバエと誤訳することが多い。ハエ全書のオリジナルは恐らくフランス語だが、もしかしたら訳者はフランス語で書かれたサシチョウバエを指す単語の意味が分からず、誰かに聞いて一度はサシチョウバエだと認知し、手元のメモか何かに殴り書きして備忘録としたが、後で見直した時に字が汚くてサンチュウバエと書いたと思い込んでそのまま入稿したのだろうか。想像が膨らむ。
ハエ全書はとても面白い本なのだが、原著者も訳者も明らかに昆虫学の専門家ではないようで、所々におかしな記述が多い。そういうのを全部含めて、面白い本なのだ。

2407.jpgユスリカバエ幼虫。体サイズから見てAndroprosopaであろう。福岡にて。

ユスリカでもハエでもなく、ブユに近いらしい。こんもりとした森林内の岸壁を、浸みだした水がうっすら覆うように流れる場所がしばしばある。こうした石清水の岸壁に、彼らはへばりついて生活している。水流が常にある場所でないと生きられない。かといって、激流では流されてしまう。強すぎず弱すぎずの水流が、年間を通じて枯れずに流れ続ける石清水の存在が、彼らにとって生存の必須条件。
指でつつくと、体をUの字に曲げて素早く岸壁表面を這い、逃げる。

これと同じ場所にいる、これに近縁な精霊がいて、俺はそいつにどうしても会わねばならないのだ。しかし困ったことに、それがどんな姿をしているのかを俺は知らないのである。原記載を見ても、バラバラにされたパーツの図しか出ていないため、全体像がまったく分からない。
環境省レッドリストに載っている昆虫の中には、主に蛾や双翅、膜翅、半翅を中心に、その種を選定したお偉方以外にそれがどんな姿をしたものか誰も知らねぇだろ、というものがものすごく多い。だから、専門の知識がない人間があの図版も用語辞典もろくに付かない赤い本を見ても、何が何だか雲を掴むような気分にしかならない。
俺は精霊図鑑を作って、それを万人が「可視化」できるようにしたいと思っている訳だが、それ故に「俺は現物がどんな姿をしているのかあらかじめ知っていなければならない」訳なので、ものすごく大変である。知ってなきゃ見つけて撮影して来られないのだから。

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オドリバエ一種。長野にて。

婚姻贈呈の最中。雑木林の入口で、大規模な群飛が見られた。大きなガガンボやカゲロウを捕らえてメスに渡すオスが多く見られたため、これは比較的ジェネラリストの気がある種らしい。一方で、オドリバエの中にはクモしか捕らないとか、別種のあるオドリバエしか捕らないなど、獲物に対しある程度特異性を示す種もいる。
オドリバエは種により、交尾の最中必ずモノに止まる種と、延々飛び続ける種とがおり、後者の撮影はとにかく至難。

メスの脚を見ると、オスにはないすさまじい剛毛が生えている。飛行中、この毛だらけの脚をピッタリ腹部脇に付けて飛ぶため、遠目にはとても腹が巨大に見える。種によっては、メスの腹部に風船状の袋が付いており、飛ぶときだけそれを広げるというものもいる。こうしたメスのオドリバエだけに見られる珍奇な形態に関しては、特にここには書かないが非常に面白い仮説が提唱されている。

そのことと関連するのかもしれないが、オドリバエの交尾においては、どうやらオスに主導権があるように思える。数分間見ていると、いずれ交尾の体勢が解かれて雌雄が乖離するのだが、その時明らかにオスはメスに一度渡したはずのプレゼントをもう一度奪い取ってから逃げる。
この手のオドリバエのメスは、肉は食べるのだが自分で肉を狩る能力が一切無いため、オスからプレゼントとして受け取らない限りは肉にありつけない。肉にありつけなければ当然産卵に必要なタンパクも得られない事になる。一方、オスは狩りの能力はあるものの、それには大変なコストがかかる。獲物を探すのも大変だし、獲物から反撃されて殺されるリスクも負っている。オスは複数のメスと何度も交尾せねばならないため、その度にいちいち狩りをして新しく獲物を捕まえてくるのでは身が持たない。だから、一つの獲物を可能な限り使い回す。婚約指輪の使い回しみたいなものだ。